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| 石と出会う方法? #29.0505 | ||
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| 糸魚川近くの海岸に行ってきた。 この辺りは糸魚川から転がり海に流れたひすいが、大きな波に乗って海岸に打ち上げられる。それを目当てに沢山の人が訪れるらしい。 この海岸の姿は目まぐるしく、砂浜の日もあれば流れに磨かれた石に覆われる日もあるのだそうだ。それだけ波が荒いってことなのかな?さすが日本海。 この日は、海岸の半分程が様々な石に覆われていた。 歩きながら、ぽつぽつ目当ての石を捜す。たくさんの長い旅ですべらかに磨かれた石たちの中から目に付いた物を手に取るも、これもひすいじゃない、これも違うと拾った石を手放す繰り返しが、どうも落ち着かない。 途中、地元のひすい拾って数十年の方が話しかけて来てくださって(笑)、見つけ方 を伝授してもらい、ますます目を懲らして探すのだが、ますますハートが落ち着かなくなってくる。 しばらくして、ここ数日の疲れもあって、石を捜すのに疲れてしまった私は石の上に 座って海を眺めてみることにした。 春の日差しで暖まった丸く磨かれた石は身体に優しく、ここ数日の仕事で緊張してい た全身が緩んでくる。「ひすい見つからなくても、もういいや、こんなに気分もいい し。」などど考えながら、ふと足元をみると、何とも美しい青緑の石が目に付いた。 あきらかにひすいじゃないけど、とっても美しいすべらかな存在感のある石。 触っていると凛とした、この地に伝わるひすいの女神の様なエネルギーが流れ込んで くる。川の流れ、海の深淵を経験した大いなる受容のエネルギー。土地に根ざし流れ に翻弄されながらも自分を失わない、いにしえの女神。ああ、今日はこの石に出会う ために来たんだなと思ったら、落ち着かなかった心がふっと軽くなった。 そうか。 ひすい"だけ"を探すってことは、欲だと感じたから心が落ち着かなくなったんだ。ひすいを拾うことがいけないんじゃなくて、血眼になってひすいを探すより、石たちと戯れる時間が私には必要だったんだなあと。そして石と対話しながらお互いを見つける、それが石と出会うことなんだと。それは、石とのつき合いを原点に戻って見直したいと思っていた私への何よりのギフトだった。 すっかり満足した帰り道、ふとみつけた小さなひすいやさんに入ると、そこには先程のひすい拾って数十年の方が。 収穫はあったかといわれ、ないというとポケットから小さな緑色のひすいを一つ出して、下さったのだ(笑)。 私は見つけることが出来なかったが、どうやら石は私を見つけてくれたらしい。まったく石と生きる人生はミラクルだ。 |
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