| 色褪せないもの #47 |
![]() |
先日、1968年に産出したローズクォーツを入手した。 私が3才(笑)の頃、地上にお出ましになった石だ。 その素晴らしい風格と佇まいに、深く感じ入る。 前の持ち主は、鉱物コレクターの方だそうだが、 この石をどれだけ大事に持っておられたかが、触れる度に感じられて、 見知らぬ前の持ち主が、自慢げにこの石を差し出している姿が目に浮かんで、 ちょっと"にやり"としてしまうのだね。 思えば、1968年とは私の人生が、 "1人娘"から"お姉ちゃん"へと変化した年で、 それは私の長い長い苦闘の日々がスタートした年だ。 決して、家族に問題や悪意ががあったわけではなく、 特に長男長女であれば、おそらく通過するであろう、 悪意のない、まわりの心変わりや態度(笑)、 はじめて感じるえもいわれぬ孤独や、 理不尽さに向き合うことが始まった年。 要は人間としての様々な出来事の渦に、 無防備に解き放たれたタイミングだ。 それは、自己愛をどこかにしまい込み、 誰かの目や価値観を一番の基準としていくことを選択した 一番最初の瞬間だったように思う。 そして、思い返してみたら、本当につい最近まで、 その自己愛を覆い隠すものとの格闘を続けていたのだ。 その格闘が、ようやく一つの区切りをつけようとしている、 このタイミングで、格闘が始まった年に産出した、 "自己愛"の帝王が(笑)お出ましになるとは、 なかなかに、意味深いことではないか。 やるな、ミネラルキングダム(笑)。 そして、この石と語る内にわかったことがある。 私の"自己愛"は、一度たりとも損なわれてはいない。 他の方法に、他の価値にあまりに必死にしがみついていたので それがどんなものか、どこにあるのかが、 わからなくなってしまっていただけなのだと云うことに。 そしてその"自己愛"は、 私の奥深くに、そっとしまわれていたのだと云うことに。 このローズクォーツは、39年という年月を、地上で他の人と過ごし、 そして、絶妙なタイミングで色褪せぬ姿で私の元へと姿を現した。 なんという、時間の流を贅沢に使いつつも無駄のない、 石ならではの美しい計らいだろう。 石に流れる時間に驚嘆するのはこんな瞬間だ。 また新しい扉が開かれる、そんな予感で胸が躍る春の始まりである。 |
文と写真 濱田葉子 copyright (C) 2003 All right reserved 濱田葉子プロフィール(http://www.pundarika.net/) クリスタル、タロットを中心としたリーディング、それらを媒介に世の中にある全てのモノの持つメッセージやリーディングする方法を伝えるべく、個人セッション、ワークショップを中心に東京近郊、関西、北海道と飛び回っている。 見えるもの、見えないものにこだわらないリーディングの内容と、現実的で説得力のある話術とアドバイスに定評あり。 「癒しの石」(ベルンハルト・グラーフ著 産調出版)監修 |